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エイサーについて
●エイサー

 沖縄では旧盆(旧暦7月15日)の夜、青年たちが中心になって祖先の霊を供養するために踊りながら自分たちのシマ(字、地域)を練り歩きます。祖先を迎え入れ、共に過ごし、そして「また来年来てくださいね〜」と送り出します。その起源は諸説ありますが、一つには1603年頃、琉球に滞在して向寧王(しょうねいおう)とも深い関わりを持ったいわき出身の浄土宗僧侶「袋中上人(たいちゅうしょうにん)」が伝えた念仏踊りが発展したものともいわれています。

 エイサーの踊りの型や使われる曲は様々で、各地域でそれぞれ独自に発展してきました。団体の基本構成は太鼓と手踊り、チョンダラー(京太郎)と呼ばれる道化役と唄三線を担当する地方(ジカタ)地謡(ジウテー)になりますが、大太鼓や締め太鼓、片面のパーランク―(太鼓)のどれを使うのか、全く使わないのか、また手踊りは男女混合か男性のみか女性のみか等により、いろいろな構成があります。
 近年では旧盆だけではなく、運動会や祝祭行事で踊られることも多くなりました。創作エイサーも活発になり、コンテストなども開かれるなど日々新たな展開をみせています。



(エイサータコライス/2012年チャランケ祭)

 東京では1970年代からエイサーが踊られてきました。当時、沖縄県出身者の互助組織であった「ゆうなの会」では、浜比嘉島のパーランク―エイサーを習って踊っていました。1975年代々木公園で第1回エイサーの夕べが開催され、ゆうなの会、沖縄県人会青年部、がじまるの会(大阪)、旧比嘉区青年会(現:久保田青年会)などが参加しました。当時はエイサーを踊ることで沖縄県出身者が自信を取り戻し、お互いを支え合っていました。現在は関東に多くのエイサー団体が存在しています。沖縄が本土に復帰して40年。この間、どのような意味を持って皆がエイサーに関わってきたのか、その歴史を学び、人の思いに触れてみませんか。歴史などの詳細は沖縄ブースに展示してあります。ぜひご覧ください。


(沖縄ブース/2012年チャランケ祭)



(じゃんがら遊劇隊/2012年チャランケ祭)

文責:沖縄ブース 宮城
写真:當眞大気

 
author:チャランケ祭実行委員会, category:-, 18:34
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